三谷光男

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2011年5月29日 (日)

2011年5月29日(日)

民主党広島県連大会が開催され、もう一年、県連代表を務めることになりました。直近では統一地方選挙があり、厳しい結果でしたので、続けたほうが良いかどうか正直悩みましたが、大震災への対応に皆で結束して当たる時なので、引き続き務めさせていただくこととしました。

野党からの内閣不信任案提出にからみ、与党からも同調者が出るのではないかと心配されていましたので、

この未曽有の大震災からの復興、そして原発事故への対応という二つの大きな非常事態を、民主党が『一致団結』して、全力で取り組み、この大きな苦難を乗り越えていくことが、党員・サポーターはもちろんのこと国民の皆さまが、一番求めておられることではないでしょうか。

それこそが今の日本を救う道であり、民主党政権への国民の皆さまの信頼を回復できる唯一の道だと信じます。

まずは広島県連が、一致結束して、大震災の復興に全力で取り組んでまいりましょう。」

と、あいさつの中で訴えました。

大会記念講演には、大塚耕平厚生労働副大臣に講師を務めていただきました。良いお話をいただき、参加者には大好評でした。けれども大塚さんは、大震災への対応で一番忙しい人のひとりでしたので、お話を聞いていて、頼んだ者として心苦しい気持ちもありました。震災発生以来地元には半日しか帰れてないらしいのです。

大塚さん、ご来援本当にありがとうございました。
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5月 29, 2011 日々実感 |

2011年5月22日 (日)

2011年5月22日(日)

【写真】日本会議広島 呉・江田島支部の第三回総会の記念講演に出席。
海上保安大学校名誉教授の廣瀬肇先生による、『海の安全と日本の海洋政策』と題してのお話を拝聴しました。

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5月 22, 2011 日々実感 |

2011年5月14日 (土)

2011年5月14日(土)

【写真】朝はそごう前、午後は仁方支所前と、街頭演説を行いました。
震災における対応のことや、自ら被災地に入り中小の避難所をまわったご報告などをお話させていただきました。
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5月 14, 2011 日々実感 |

2011年5月 9日 (月)

2011年5月9日(月)

57日、8日の両日、陸前高田市の避難所7か所を訪問しました。

57日未明に東京・議員会館を車で出発。まず東松島に向かいました。東松島では今週2日から「くれ災害ボランティアセンター」を中心とする「チーム広島」が活動中です。陸前赤井駅前にあるボランティアセンター・サテライトに激励に立ち寄りました。東松島では、瓦礫の撤去がかなり進んでいる様子です。

その後、南三陸町、気仙沼市の被災地も見て回りました。いずれも市街地がほぼ壊滅状態になった被災地です。瓦礫の撤去も進んでいません。民間ボランティアの活躍の余地が少ない(重機で撤去するしかない)状態です。そして目的地である陸前高田市気仙町に入りました。

今回のミッションは、被災地の小さな避難所を訪問し、避難所の状態について聞き取りをすることです。党のボランティア支援室からカップラーメンを支援物資として持っていくように指示を受けましたが、カップラーメンは避難所ではあまりありがたがられていません。もみじ饅頭(これは広島から)や洋菓子、ふりかけ、紅茶パック等の嗜好品を大量に買い込んで(結構な出費になっていまいました)持っていきました。

最初に行ったのは、避難所マップでは「成田神社」と記載された避難所でした。正直とまどいました!想定される避難所らしきものがなかったからです。神社もない!成田山・金剛寺の周りに地元・町浦地区(地区は壊滅状態です)に残った住民がテントを張って暮らしていました。区長の菅野さんとお話をしました。寝泊まりをするところに間仕切りはあるかとか、食器は洗っているかなど(ミッションの目的は)衛生状態を訊くことになっていましたが、訊ける話ではありません。衛生状態など訊ける状態ではないのです。さまざまな不満の声をぶつけられました。聞き手に徹するしか手はありませんでした。

話のひとつ。厚生労働省(と言っていた)の役人が50部ほど壁新聞(政府広報です)(実はこれを配布することも目的のひとつでした)を持ってきて、「配ってくれ」と置いて行ったそうです。菅野さん曰く「どこに50戸も配るところがあるんだ」と。確かに地区は壊滅状態で、残った人たちはいくつかのテントで暮らしています。怒るのは当たり前です。何をするにしても配慮が必要だと思いました。

二日市公民館・避難所。子供たちも含めて50人くらいが暮らす小さな避難所です。広いとは言えない公民館の広間が、寝泊まりを含めて皆の生活のスペースになっています。「上がってくれ」と中に通されて菅野会長他数人の方々と座談会になりました。「市も県も議員も来ない」と言っていました。各避難所は「視察疲れ」「調査疲れ」が出ているといわれています。それは大きな避難所、状態の良い避難所の話です。「よく来てくれた」と歓迎されました。いろいろな話を伺いました。気仙町(長部地区)は、電気・水道の復旧が一番遅れています。まず電気の復旧が第一です。電気がなければ生活・衛生面の向上などありえません。ここでは間仕切りなど誰も求めていません。それより「まず電気を通してくれ!」です。最南端に位置するからか、陸前高田市の中でもここ長部地区の復旧が一番遅れているようです。電気・水道の復旧を強く要請されましたので力を尽くしたいと思います。

仮設住宅の話も出ました。地区対策本部のある長部小学校の校庭に44戸の仮設住宅の建設が進んでいます。建設中なのはここだけです。平地でかつ電気・水道が整備されてなければ建設できないなどといった条件は、この震災では適用できません特例でやらなければなりません。合わせて市も大きな痛手を受けています。国から人も含めて助力をしなければ仮設住宅の建設は進まないということがよくわかりました。

5月 9, 2011 日々実感 |

2011年5月 6日 (金)

2011年5月6日(金)

54日、5日の両日、沖縄協議会の視察で、岡田幹事長に同行して沖縄・那覇を訪問しました。

沖縄協議会は、沖縄の振興を目的につくられた党の機関です。岡田幹事長を座長(座長代行は武正公一さん)に、幹事長室と沖縄県連の役員の方々がその中心メンバーです。これまでにも東京、沖縄で交互に協議を重ねてきました。

仲井間知事や両副知事を交え意見交換をしました。東日本大震災により被災地復興に力が注がれる中、沖縄振興への関心が薄まるのではないかとの懸念が知事をはじめ沖縄の世論にはあったようです。沖縄からの要請をしっかり受け取るための協議にきたことを知事は大変歓迎してくれました。沖縄振興法の抜本改正を控え、大きな観点から一括交付金の拡大や権限移譲など5項目の要求がありました。法人税のひき下げや国際物流、国際観光など特区でやらなくてはならない要請もありました。お互い率直に意見を述べ合い、良い意見交換ができたと思っています。

5月 6, 2011 日々実感 |