三谷光男

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2011年3月29日 (火)

2011年3月29日(火)

夕刻、新年度予算が成立しました。合わせてつなぎとなる地方税法や特別措置法や子ども手当のつなぎ法案が衆議院を通過しました。

政府・与党はただちに東日本大震災の当面の復旧策を盛り込んだ11年度一次補正予算案の編成に入ります。続いて二次補正、三次補正も必要ですから、復興施策案の策定も急ぎます。法人税減税や子ども手当、高速道路無料化など主要施策の見直しは必至の状況です。

3月 29, 2011 日々実感 |

2011年3月28日 (月)

2011年3月28日(月)

昨日、国会議員12名を含む102名が3班に分かれて松島町、塩竃市、石巻市の被災地に入り、汚泥・ヘドロの撤去や家具の堀り出しなど撤去作業にあたりました。域外から組織的に民間ボランティアが入ったのは初めてのことです。これまで近隣、または県内に依っていたボランティア支援が、ボランティアセンターの機能がかなり立ち上がってきて、県外からも支援を受け入れられる地域ができてきました。これまでは不足物資をあらゆる手立てを駆使して被災地や避難所に届けることに大きな比重がおかれていましたが、これからは人の支援にも比重は高まっていくと思います。

3月 28, 2011 日々実感 |

2011年3月27日 (日)

2011年3月27日(日)

広島市長選挙・豊田麻子候補の出発式に出て、東京に。引き続き党地震対策本部で被災地支援の対応に当たりました。

3月 27, 2011 日々実感 |

2011年3月26日 (土)

2011年3月26日(土)

民主党広島5区総支部と三谷光男後援会事務所では、皆で駅頭等に立って義捐金協力のお願いを続けています。多くの方々からご協力をいただいています。本当にありがたく思っています。

呉駅駅頭で私もいっしょにビラ配りをしていると、何人かの方々からは「大変な時に地元に帰っている場合ではないだろ」とお叱りの声をいただきます。「党の対策本部に詰めてずっと被災者支援の対応に当たっていました」と答えると「がんばれ!」と激励をいただきます。同じ問い合わせや激励の電話やメールが事務所にも届いています。

また、物資提供の申し出や「被災地の支援にいきたい」とするボランティア支援の申し出もあります。全部本当にありがたい申し出だと思っています。

地元に戻って逆に勇気づけられました。

3月 26, 2011 日々実感 |

2011年3月25日 (金)

2011年3月25日(金)

議運理事会があり、本会議がありました。農水委員会での家畜伝染病予防法などいくつかの法案が上がり、採決が行われました。来週も29()31()に本会議を立てることになっています。こうした非常時だから国会を「自然休会にしてはどうか」と主張される人たちがいますが、とんでもない話だと思います。日切れ法案もあれば、予算関連法案もあります。こうした非常時だからこそ被災地支援にも国民生活にも経済にも支障がでないように迅速に審議を進め、法案を処理しなければなりません。それが今行うべき立法府の務めです。

残念なこともありました。今日緊急上程されるはずだった日米地位協定特別措置、いわゆる思いやり予算が、外務委員会が止まったため採決ができませんでした。「外務大臣を審議に出す」と「言った」「言わない」との取るに足らない理由により審議が止まってしまいました。言いがかりをつけて審議を止める時ではありませんので、自民党関係の方は良くお考えになったほうがよろしいかと思います。

夕刻の飛行機で2週間ぶりに地元に戻りました。広島空港に着いたら雪が舞っていました。

3月 25, 2011 日々実感 |

2011年3月24日 (木)

2011年3月24日(木)

東日本大震災の復興支援策の原案づくりが民主党地震災害復旧・復興検討委員会(委員長・岡田克也幹事長)で進められています。

被災住民の住宅再建・集団移転、道路や港湾などインフラの改修、被災者の雇用創出など盛り込まれた原案がほぼできあがっています。各党にも協力を仰ぎ、早急に策定し、新年度予算成立後、特別立法による法整備を進めてまいります。ざっと見積もっても数十兆円単位の財源が必要になります。非常の重大事ですからその多くは国債により賄うことになるでしょう。合わせて主要施策の見直しもまた必要になると思います。「復興庁」をつくり復興政策を一元管理で推し進めていくことが必要だとも考えています。

3月 24, 2011 日々実感 |

2011年3月22日 (火)

2011年3月22日(火)

今日は上がり法案の処理で衆議院本会議が開かれることもあって、被災地に帰っていた議員たちが国会に戻ってきました。各被災地のひっ迫した状況を詳しく伝えてくれています。

被災地で今もなお一番深刻なのは、ガソリン・灯油などの燃料不足です。今のままなら暴動だって起きかねないとその窮状を訴えています。国は、先の3日分に加え、さらに27日分の備蓄燃料の放出を決めました。経済産業省も国土交通省も石油連盟もトラック協会も可能な限りの手だてを尽くして、被災地域への燃料供給に必死で取り組んでいます。

 ちなみに東北地方の元売り系列の約3000SSのうち、約6割に当たる1884SSが稼働中(20日現在)うち緊急重点SS178。まずは緊急重点SSに、そして営業可能な個々のガソリンスタンドへの供給を推進しています。供給量は日増しにアップしていますが、21日現在でまだ6割に達していません。さらなる供給を図っていきます。

また対策本部においても、橘さん、宮崎さん、平山さんらボランティア支援室の衆・参議員たちが何班にも分かれ、支援物資を届けながら各被災地の状況を見て回り、貴重な情報を持ち帰ってくれています。首長や現地で支援に当たる関係者たちからも聞き取りをしています。被災者支援に携わってきた彼らが聞き取ってきた情報は、的確かつ有用で、今後の支援対策への大きな助けになっています。

次第に判明してくる死者・行方不明者の数の多さには呆然となります。大きな打撃を受けた地域では行政機能も壊滅状態に追いやられました。またそのことが、被災者支援対策を難しくした原因にもなりました。たとえば、陸前高田市では職員220名のうち80名近くが亡くなられたそうです。被災地域の市や町の職員OBの再雇用を進めるなど、国も援助して被災自治体の行政機能の立て直しを進めています。

3月 22, 2011 日々実感 |

2011年3月21日 (月)

2011年3月21日(月)

「『乾電池190万個を止めていたのは民主党政権だった』との動画サイトがインターネット上で出回っている」「この内容は事実か?」との問いかけが都内議員の事務所からありました。

動画に使われているのはNHK「おはよう日本」の報道の一部です。上記見出しとともに「乾電池工業会から被災地支援に提供された190万個の乾電池が、その一部しか被災地に届いていない」と述べるキャスターの映像が動画サイトから流れています。

どうしてこのような愚かな動画をつくって配信するのか、理解できません。また誤解を与えかねないNHKのニュース報道も本当に程度の悪い報道の仕方だと断じざるを得ません。

被災地において、乾電池は不足していますし、乾電池工業会から190万個もの乾電池を提供いただいたことは大変ありがたいことです。他の生活必需物資も同じことですが、数ある被災地の近くのどこかに便利な受け皿があって自動的に必要とされる物資を被災地に配ってくれるわけではありません。政府の危機管理センターに設置された司令塔の役割を担う物資担当支援室も、どの被災地に何をどれくらいまたどのように届けるかマッチングに苦心しながら提供物資を受け取り、被災地に届ける手配を続けています。私たちの対策本部もその状況がよくわかっているから極力正確な情報を付与して支援室に被災地からの要請を繋いでいます。

程度の悪い報道もこうした心無い動画配信も、支援に当たっている者たちの余計な手を取らせるという意味で「邪魔」にしかなりませんし、慎んでもらいたいものだと願っています。

また、昨日から政府の緊急対策本部が改組され、被災者生活支援特別本部(本部長:松本防災担当大臣)が立ち上がりました。物資支援等被災地への生活支援を200人体制で別建てで行っていくことになりました。パワーアップされると思います。

3月 21, 2011 日々実感 |

2011年3月20日 (日)

2011年3月20日(日)

福島第一原発・3号機への事故対応で、東京消防庁のハイパーレスキュー隊が放射線の危険の中、困難な放水作業の任務をやり遂げました。彼らの勇気と責任感には心から敬服します。同じように敬服に値する隠れたヒーローもたくさんいることを忘れてはなりません。同じ作業に従事されている自衛隊の皆さんや所内で別の作業に当たっておられる原発職員の皆さんもまた使命感により必死の奮闘を続けておられます。

私も原発事故のことが気になって仕方がないのですが、対応に携わっておられる関係の皆さまの必死のご努力を見守ることとし、自分のミッション、被災者支援に尽力していきます。

3月 20, 2011 日々実感 |

2011年3月19日 (土)

2011年3月19日(土)

この3連休も地元に帰らず、対策本部での対応を続けることにしました。出席予定だった式典・会合の関係者の皆さま、本当に申し訳なく思います。

福島第一原発事故による避難勧告にかかる要請が増えています。

数万にも及ぶ近隣の市民・町民を移送するのに、東電も福島県も大量のバスの手配をしなければなりません。中には危険だから出せないと拒否するバス会社もあり、バスを出してくれるようお願いしなければならない案件もありました。けして危険ではありません!

屋内退避圏内の病院や特別養護老人ホームから、「看護職員も退避していなくなってしまった」「患者のケアができない」「早く患者の搬送を頼む」との要請が何件もきています。関係の各部署にお願いし、患者や入居者の早急な搬送を進めてもらうよう苦心しています。

3月 19, 2011 日々実感 |

2011年3月18日 (金)

2011年3月18日(金)

被災地への物資の支援については、これまで可能な限り対応してきましたが、海外の民間団体を含めて民間ボランティアの受け入れや送り出しについては、被災地の状況もあり、環境が整わず、コーディネートができませんでした。当初は医師チームや国内救助犬の支援の申し出も受け入れが難しかったのです。

先に辻元さんが担当の首相補佐官となり、また仙谷さんが担当の官房副長官となって、元々あった国民運動本部でつくっていた民間ボランティア準備室がバックアップして体制ができあがりつつあります。物資だけでなく、民間ボランティアの派遣もうまくできれば被災地には大きな助けになるはずです。

また、日本JCが、新潟に支援物資の基地をつくり、燃料も自分たちで調達し、被災地に支援物資を独自に届けています。どこで何が不足・要請されているかわかればもっと有効な助力となることがわかり、連携・活用することになりました。どの避難所、あるいは病院で何が不足しているかの情報と党のお墨付きを与え活躍してもらっています。大きな助けになるはずです。JCには責任をもった働きを期待しています。

3月 18, 2011 日々実感 |

2011年3月17日 (木)

2011年3月17日(木)

安住国対委員長のご両親の安否がずっと不明でした。その不安を抱えながらこれまで責任者として国会対策に当たってこられました。ご両親の健在が確認されたようです。本当に良かったと胸をなでおろしています。

黄川田議員においては、陸前高田市のご自宅も地元事務所も津波に襲われ、ご家族や事務所の方々の安否はいまだに不明のままです。心が痛みます。

議員というのは、誰でも地元のことを一番に考えています。被災地を地元とする議員は救援のためすぐにでも飛んで帰りたいのです。金曜日の地震発生時に東京にいた議員は当初3日間、帰るための交通手段が閉ざされたため、地元に帰ることができませんでした。もどかしい思いを胸にもちながら、つながらない電話で地元事務所や地元自治体と連絡を取りながら、貴重な情報を対策本部に寄せてくれていました。

二日目の晩、宮城県選出の橋本、斉藤、石山の3議員は車を調達し、新潟経由で15時間以上かけて地元被災地に帰りました。地元被災地から貴重なSOS情報を対策本部に寄せてくれています。福島県選出の金子恵美参議院議員は、3日間は副幹事長として党対策本部で、一緒に対応に当たってくれていました。その後は地元に帰り、被災地から被災者支援にかかる貴重な情報を対策本部に送ってくれています。

この災害は、国の存立を揺るがしかねない重大な地震災害だと思っています。被災を免れた地域の議員は、被災地支援のために「可能な限りの対応をやらねばならぬ」と思います。引き続き被災者支援の対応に当たっていきます。

3月 17, 2011 日々実感 |

2011年3月16日 (水)

2011年3月16日(水)

「救援物資の自衛隊による輸送スキーム」ができました。

県でまた市町村にも協力をお願いして民間からの提供救援物資を集約し、駐屯地等に集め、自衛隊により被災地に運んでもらうスキームです。

これまでは提供物資の申し出がたくさんありながら、受け取りの手だても被災地に届ける手だても限られていましたので、ありがたい申し出を制限しながら官邸の物資担当・越智参事官室に送っていました。

民間からの救援物資の提供も、このスキームにより、集約・活用できれば、さらに円滑に被災地に救援物資を送ることができます。うまく機能させて可能な限り円滑に被災地に支援物資を届けたい。各都道府県、各市町村にも可能な限りご協力をお願いしたいと思います。

ようやくできつつある被災地の集積基地には、民間輸送会社や政府・各省庁によりさまざまな輸送手段を駆使して救援物資を運んできましたが、集積基地から被災地・避難所には、道路等遮断されている地域も多く、大きくは自衛隊による輸送に委ねられているのが現状です。被災地の自治体も、被害の度合いにより様々ですが、日増しにその機能を回復しつつあります。自治体も消防団も海上保安庁や警察、消防職員もまたそれぞれに可能な限りの支援を行ってくれています。本当にありがたい!

また、被災地域を覆う燃料不足は深刻です。ここにも数えきれないほどの被災地からの要請がきています。物資があっても燃料がないから運べないといった事情もあります。

被災地域においては、広くSSの基地が壊滅状態にあることが、供給ができても燃料不足の改善を妨げる最大の原因になっています。

経済産業省や石油連盟、トラック協会にもお願いして、日本海側・酒井港から石油を入れ山形を当面のSSの基地にするなどあらゆる手立てを駆使して改善を図っています。

また地震発生以来、東北自動車道など幹線となる高速道路は、緊急車両以外の車両を制限していましたが、燃料を運ぶタンクローリーをはじめ物資輸送にかかる車両には、通行許可のステッカーを無条件で出してもらうことになりました。ステッカーもやめて業務用はすべて通してほしいと要請したのですが、東北自動車道は一車線しか通行できない箇所が多く、通しすぎると逆に輸送が滞ってしまう。そんな事情から上記の条件になりました。これで燃料も含め物資の輸送はずいぶん改善されることになると思います。

3月 16, 2011 日々実感 |

2011年3月15日 (火)

2011年3月15日(火)

引き続き党地震対策本部に常駐して、被災地支援の対応を続けています。

地震発生後、すぐに総理官邸の中に緊急対策本部が設置されました。その中に危機管理室があり、様々な情報を集約し、被災者救援の対応に当たっています。もちろん各省庁にもオペレーションルームが設置され、それぞれに所管で行うべき被災地支援の対応に当たっています。

民主党の中に設置された対策本部も、政府・官邸の対策本部と緊密に連携をとりながら被災地救援の対応に当たっています。

特に最初の3日間は人命救助がなにより最優先事項です。

この地震災害は、かつて経験したことがない未曽有の地震災害です。阪神淡路大震災でも行政機能ごとすべて壊滅したわけではありません。被害の範囲も広く、被災の状況も甚大かつ深刻です。陸前高田市や気仙沼市、南三陸町など一番被害が深刻だった地域は、町ごと津波に襲われ壊滅状態でした。行政機能もそのほとんどが失われていました。

さまざま寄せられるSOSの情報を精査して官邸対策本部に送り、救援など対応をお願いする。途中からは省庁担当をつくり、案件によってはここから直接省庁に対応をお願いする。ここでの対応も日ごとに進化を続けています。

官邸・危機管理室の重大事項はもうひとつあります。福島第一原発の事故対応です。重大事故回避への対応にも大きな力が注がれるので、なおのこと被災者支援につき、少しでも助けとなるよう、こちらの対策本部が重要な役割を担わねばならないのだと考え対応を続けています。

3月 15, 2011 日々実感 |

2011年3月14日 (月)

2011年3月14日(月)

この3日間、午前3時までの当番が2日あったこともあり、ほとんど眠れていません。体は疲れ果てていますが、被災者のことを考えますとそんなことも言っていられません。気持ちを鼓舞して対応にあたっています。

衆参一期生の議員から成る幹事長補佐の人たちも真剣に対応に当たってくれています。責任感も能力も高い! 助かっています。

午後2時で、人命救助の目安とされる72時間が過ぎるのですが、時間の経過に伴って判明してくる被災地の被害は甚大かつ深刻です。被災地の広さ、多さも、被害の内容とその深刻さも尋常ではなく、今行っている被災者救援の対応を縮小するわけにはいきません。24時間の常駐体制こそ解除されましたが、引き続き金曜日までは同じ体制で被災地支援の対応を続けることになりました。

3月 14, 2011 日々実感 |

2011年3月13日 (日)

2011年3月13日(日)

少し仮眠をとりましたが、7時前から携帯電話が鳴り始め目を覚ましました。被災地にいる議員からのSOS情報でした。休んでいる場合ではないと悟り、身支度を整え、8時過ぎから対策本部に入り、再び対応に取り掛かりかかりました。

3月 13, 2011 日々実感 |

2011年3月12日 (土)

2011年3月12日(土)

3月11日、地震発生から約3時間後、民主党においても東北地方太平洋沖地震対策本部の設置が決まり、20時から対策本部の会議のため、1830分頃、緊急招集がかかりました。

地震発生時、私は議員会館の事務所にいました。これは尋常な地震ではないと思いながらも長い揺れが収まった後、1730分羽田発の飛行機に乗るため、また渋滞も予想されたため、運転手さんにお願いして、羽田空港に向け会館事務所を飛び出しました。しかし、向かい始めてからすぐに「しまった」と思いました。

結局、羽田空港に着くのに約2時間。着いてすぐに緊急招集の着信があり、国会に取って返しましたが、7時間かかりました。国会に着いたのは午前1時半でした。

20時からの緊急会議に出られなかったばかりか、その後の対応にも参加できず、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

これは重大な事態だと悟ったら、すぐに飛び出すなど「軽率な行動を起こしてはだめだ」と肝に銘じました。

7時間余り、往復9時間、車の中に閉じ込められている間、普段なら見ることのできない光景を目の当たりしました。

まず、コンビニにはモノがない! 携帯用電池はすぐに売り切れたそうです。パンなど食料が次に売り切れ。飲み物類、菓子類だけがわずかに残っていました。

地上には深夜まで人があふれていました。多くは足早に歩いている。これは電車が止まったためでしょう。

また、パニックともいえる異常な渋滞を引き起こした原因は、電車が止まり車での移動が増えたためもありますが、交差点で車が動かなくなるからです。電車が止まり車での移動が増えたためもありますが。

仮眠をとって、12日、朝8時に院内幹事長室に設置された地震対策本部事務局で対応を始めました。人命救助の目安とされる72時間の間は、24時間体制で被災者支援の対応に当たることになりました。そして幹事長代理や副幹事長による責任当番制が敷かれ、当番が明けたのは午前3時、帰宅は午前4時ごろでした。

3月 12, 2011 日々実感 |

2011年3月 8日 (火)

2011年3月8日(火)

36()7日(月)、東京・五反田のTOC「規制仕分け」が行われ、国会議員評価者(規制仕分け人)を務めました。

規制仕分けは、Aグループ(ライフ・イノベーション、消費者保護分野)とBグループ(グリーン・イノベーション、農林水産分野)の二グループに分かれて行われ、私はAグループの評価者を務めました。

「規制仕分け」は、政府にとっても初めての試み。私にとっては、「仕分け人」は初めての経験。また「うまくいくのかな?」といった不安もありました。加えて、初日に行われるライフ(医療・介護等)イノベーション分野の3つの対象項目はすべて私が評価者の「取りまとめ役」(議論の前に論点を整理して提示する。最後に評価者たちが下した評価をまとめ「仕分け」の結論を述べる役)を務めました。だから最初は本当に緊張しました。実は国会での初質問の時並みに緊張しました!

終わってみての感想です。新聞等の報道の評価はさまざまでした。期待が大きかったからなのか「掛け声倒れで、中途半端な答えしか得られなかったではないか」という厳しい評価もありました。しかし「良い議論ができた」「良い結果が得られた」と自己満足かもしれませんが、とても達成感があります。

天下り法人などの税金の無駄を暴く「事業仕分け」は、議論の末の答えが「予算の削減」とか「事業の廃止」など、見る人たちからしても、ストーリーがわかりやすいものです。

これまで党成長戦略PTの総合特区・規制改革小委員会の委員長として、規制改革に取り組んできました。

壁になって立ちはだかる規制、例えば、「保育所への補助金についてい(厚生労働省通達のさまざまな使途制限」のように、経済成長に資する規制に、あるいは時代のニーズに合った規制に組み替える作業が規制改革の取り組みです。実は「派手な作業」ではなく、「地道な取り組み」です。

規制には必ず「目的」があり、特に長く続いてきた規制には「歴史」があり、変えようと思えば、その規制に関係する人たちからの強い抵抗が湧き起ります。だから「理」を立てて、丁寧に議論を積み重ねていかなくてはなりません。

「うまくいくのかな?」との不安は、「公開」のもとで行われる「仕分け」に規制改革の議論は「なじむのかな?」という不安でした。

終わってみれば、その不安は払しょくされました。規制改革こそ「仕分け」を行うべきだと思いました。

実際の仕分け玉=仕分けの対象項目にはならなかったのですが、仕分け玉の候補にあがった瞬間に、今まで何も応えようとしなかった役所側から答えがでてしまって、仕分け玉にならなくなってしまった項目もあります。どういうわけか仕分け玉の候補になると、話が当該の役所側に漏れていて、これまで改革の方向に「変える」と答えなかったのに、「変える」と言い出して、仕分け玉にならなくなってしまう、議論にならなくなってしまうのです。白日の下にさらされるのが嫌なのでしょう。そのように「仕分け」の対象項目にあがらなかったけれど、「仕分け」をやったから「動いた」いくつかの項目もありますので、これらも「仕分け」をやった成果だと思っています。

終わった後の「ご苦労さん会」で、蓮舫大臣には「これ(規制仕分け)続けましょう。」と進言しました。

3月 8, 2011 日々実感 |

2011年3月 6日 (日)

2011年3月6日(日)

【写真】行政刷新会議の「規制仕分け」に、仕分け人として参加しました。

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3月 6, 2011 日々実感 |