三谷光男

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2011年3月17日 (木)

2011年3月17日(木)

安住国対委員長のご両親の安否がずっと不明でした。その不安を抱えながらこれまで責任者として国会対策に当たってこられました。ご両親の健在が確認されたようです。本当に良かったと胸をなでおろしています。

黄川田議員においては、陸前高田市のご自宅も地元事務所も津波に襲われ、ご家族や事務所の方々の安否はいまだに不明のままです。心が痛みます。

議員というのは、誰でも地元のことを一番に考えています。被災地を地元とする議員は救援のためすぐにでも飛んで帰りたいのです。金曜日の地震発生時に東京にいた議員は当初3日間、帰るための交通手段が閉ざされたため、地元に帰ることができませんでした。もどかしい思いを胸にもちながら、つながらない電話で地元事務所や地元自治体と連絡を取りながら、貴重な情報を対策本部に寄せてくれていました。

二日目の晩、宮城県選出の橋本、斉藤、石山の3議員は車を調達し、新潟経由で15時間以上かけて地元被災地に帰りました。地元被災地から貴重なSOS情報を対策本部に寄せてくれています。福島県選出の金子恵美参議院議員は、3日間は副幹事長として党対策本部で、一緒に対応に当たってくれていました。その後は地元に帰り、被災地から被災者支援にかかる貴重な情報を対策本部に送ってくれています。

この災害は、国の存立を揺るがしかねない重大な地震災害だと思っています。被災を免れた地域の議員は、被災地支援のために「可能な限りの対応をやらねばならぬ」と思います。引き続き被災者支援の対応に当たっていきます。

3月 17, 2011 日々実感 |